2014年10月28日火曜日

枯れて行く父

このブログを始めた理由は、父のことを書き留めておきたかったからだ。1週間前に京都に帰って以来本当に忙しい。実家の工事の相談、見積もり、不動産業者による査定、父のホームでの担当者カンファレンス、父の歯医者さんとの相談などなど、毎日予定表がビッシリと詰まるほどだ。それでも父の世話は介護とは言えないだろう。

以前にも書いたが、4年前に亡くなった母の介護は大変なものだった。四肢麻痺(右手に少しだけ機能が残っていた)で眼も見えなかった母は、勿論寝返りも打てなかったし、昼夜逆転していたので夜中は15分おきに起こされることも多かった。24時間誰から横にいないといけなかったので、家族が交代で介護した。母を1分以上一人にすることはなかった。

毎日忙しいが、家の片付けもしている

京都のゴミ持ち込みセンターに家庭ゴミをたくさん持ち込んだ
100㌔以下なので1000円

洗面所の床下は水漏れ
来週はパイプ工事
夜中に汚れたシーツやパジャマを総取り替えということも多かった。それでもアルツハイマー患者や、他にも大変な介護を在宅でしている家族は多いだろうし、うちだけが特別に大変だったとは思わない。

ただ母はとても明るい人だったから、家の中はいつも笑いに満ちていた。母の死後悲しみが薄れて行くのと同時に、母の思い出も薄れて行く。母の死の少し前にアルツハイマーを発症した父のことは記録に取っておきたかった。父が壊れて行く姿を見つめるのは、家族にとっては悲しいことだが、父のために書いておいてあげるべきだろうと思ったのだ。母の介護を42年間した父が、家族と別れるまでの姿を残したかった。

スタバでワールドシリーズを
見ながらカプチーノ
父は日々変化している。ある日の父は車椅子に座って飲食できる。が、翌日の父は殆ど寝ていて何も食べない。時々幻覚があるようで、部屋の中で風が吹くと言ったり、壁を見て手で何かを払うようなそぶりをする。

今回の微熱は尿路感染症から始まったものらしい。高齢者にはよくあることなのだ、とホームの園長さんに聞いた。園長さんは元看護師さんなので、話してみるとなるほど、とうなずくことばかりだ。

父の今の状況は回復しつつはあるが、それでも年齢が年齢だけにいつ何が起きるかわからない状態ではある。嚥下がむずかしくなってきているので、肺炎を起こして死ぬ可能性もある。あるいは、飲食がむずかしくなって、段々枯れて行く可能性もある。それでも最後までホームで暮らさせてあげましょう、と話す。

どこのホームも同じように、スタッフの中には有能な人がいれば、そうでない人もいる。これはどんな職場でも同じことだ。が、このホームのスタッフは皆優しい。それをつくづく感じると園長さんが言う。それは同感だ。

出町柳の橋から鴨川土手北方面を見る
紅葉が始まっている
最初の頃、余りにもお粗末な対応にイライラすることもあった。今でもある。それでもスタッフはいい人たちなのだ。父を病院に連れて行って、看護師さんの態度に憤死しそうになる時、今のホームのスタッフがいかに優しい人たちであるかを再認識する。父を連れて行った3軒の病院でそう思うことが多かった。良い病院はたくさんあるのだろうが、少なくとも父を連れて行った病院に関しては、こんなところで父を死なせたくない、と思う。


母の死は突然だった。医療過誤で寝たきりになった母の最期は、脳出血で入院中私の目の前で起きた医療過誤が原因で亡くなった。主治医から謝罪はあったが、余りにもあっけない母の死だった。まだまだふくよかで肌の色つやもいい母に、死は突然訪れた。

出町柳のお気に入りのお店『点』のランチ1050円

父の死は違うだろう。人間の終末はこうして訪れるのだなあと納得できる。91歳の父はいつも自分の健康についての不安を過度に抱えていた。アルツハイマーを発症してからは特にそうだ。が、同時にアルツハイマーだからこそ、その不安も曖昧になっていくのだろう。

今はとにかく家族とホームが連携して、父に穏やかな死を迎えさせてあげよう、と思うだけだ。
しかし不思議なもので、人間眼鏡をかけると
少し元気そうに見えるんですね

2014年10月24日金曜日

父の変化

一体何が父に起きたのだろう。父はどうして別人になってしまったのか。アルツハイマーというのは、こういう風にある日突然進行するのだろうか。

サンフランシスコ空港近くにかわいい雲が

東京は雨でコートが必要なほどの寒さだった

夕べ父に2週間半ぶりに会った。最初の印象としては、父の顔に意志がなくなった、というものだった。独り言のように延々としゃべる。でもコミュニケーションがとれないわけでもない。姉と私が夕方父の部屋でしばらく過ごしたあと、帰るよと言うと『二人とも一緒に帰られるのは困る。』と言う。状況判断はできているのだ。

不安そうにだだをこねる父は以前と同じ
それでも見た目は全然違う

でも、2週間半前とは別人だ。特に今日はそうだった。話が全く通じない。何を言っているのかわからない。入れ歯が入っていないので余計にわからない。父は痩せてしまったので入れ歯も合わなくなってしまったのだ。

トロミをつけてお茶を飲む

食事も殆どできなくなった。水分も殆ど摂ってないようだ。今日は吸い飲みにお茶を入れてトロミをつけて飲ませてあげた。父は必死で飲もうとする。吸い飲みを自分でつかもうとしたり、口を指差す。もっともっとというように手を振りながら飲んだ。その時の父の眼は、飲ませているのが娘だということを全く認識していない。

とにかく喉が渇いているのだろう。必死で吸い飲みをつかもうとするが、嚥下がむずかしいようで、時間をかけてやっと飲める。50ccずつを4度に分けて飲ませてあげた。話しかけても殆ど反応がない。夕べの不安そうではあっても娘が二人来ている、とわかる瞬間もある、という状態とは違う。


2週間半前の父と比べて違う点は、
  1. 歩かなくなった。
  2. おしめになった。
  3. 飲食がむずかしい。家から食べ物を持って行ってあげて食べさせるのは無理。
  4. 一切のコミュニケーションが取れない時がある。
今の課題は、
  1. 飲食をどうやって少しでも多くさせるか。
  2. 熱が下がった時は突然起き上がろうとする。その際の転倒が心配だ。
  3. 微熱が続いているので抗生物質を服用している。膀胱炎など感染症も多くなって来たので、抗生物質を服用し続けた場合効かなくなる可能性が強い。
  4. 床ずれ。
アルツハイマーが進行していくのは仕方ない。残りの人生を少しでも快適に過ごさせてあげるしかないだろう。

ホームまでの道をいつまで歩くのだろう、と考える

でも、人間が壊れて行く姿を見るのは本当につらいものだ。

2014年10月21日火曜日

ショットグラス

明日の朝8時半に家を出てサンフランシスコ空港に向かう。前回帰った時はまだ父がしっかりしていたなあ、と思う。変なことを言う日もあったし、孫のことを思い出せないこともあった。それでも、まだまだ思い出話もできたし、わいわい広場では一応先生の話も理解できていた。

サンフランシスコ空港
最近父は傾眠が多くなった。ホームの看護師から森先生に電話で相談したもらった。先生によると傾眠が多くなったということは、精神が安定しているということらしい。だが微熱は続いている。だから今日はまた病院で血液検査などをした。結果は良好。もう大丈夫ということだ。

でも、突然の認知症の進行の説明は誰もしてくれない。森先生に直接診察してもらうしかない。今の父の状態では寝転べる車椅子に座り、大きな車で運んでもらうしかないだろう。

今心配なのは転倒すること
姉によると父はもう別人だということ。写真を見ても以前の父の眼の光がない。そういう父の姿を見るのは本当に悲しい。が、父自身は楽になってきたのではないだろうか。父はいつも不安を抱えていた。眼が痛い、皮膚が痒い、便秘する、などなどいつも身体の不調を訴えていた。

別人になった父を見るのは悲しいが、父は楽しい気分でいると思えばいいのだ。

それにしても10月の始めには、普通に話してお別れをしてこちらに帰って来た。微熱が始まった途端父は激変した。一体どうなっているのだろう。毎日父を訪ねて話をしてあげたら、少しは巻き戻せるのだろうか。どうにか巻き戻したい。

空港のお土産屋さんでいつも買っていたのは
父のショットグラス

もう二度とこのお店には入りたくない

2014年10月20日月曜日

日本にUターン

明後日日本に帰ることになった。ちょうど2週間前の今日成田からサンフランシスコに飛んだところだ。まさかこんなにすぐUターンすることになるとは思ってもみなかった。2週間前の父は元気そのものだったのだから。

予約していた11月6日まで待とうかと思ったが、その前に父が死んでしまったら一生悔やむだろう。だから変更料金の341㌦を払って変更した。

かなり痩せた父
とにかく父は食べなくなった。微熱が続いている上認知症も進行している。加速度がついたように進行しているので、11月6日に帰った時には娘の顔も何も忘れているのではないか、と不安になったのだ。

このところ体調がイマイチだ。時差が身体に残っているような感じ。

しかし、今日は一日車探しに走り回った。3年間リースしていた夫の車を来週返さないといけない。車がないとサンノゼでは生活できない。だから、朝9時台から始めて夕方4時頃までかかったが、どうにか次にリースする車も決まった。

CostcoでGodivaのチョコレート$14で発見!
これで用事は全てすんだ。留守の間の食べ物を明日少し作れば準備終了。火曜日から始まるワールドシリーズを日本で見る時間があるかどうかわからないが、今年はあきらめよう。毎日父と話をしてあげて、少しでも元気を出してほしい。

果たして父は回復するのだろうか。喪服が必要になるかもしれないな、とふと考える。母が脳出血を起こして危なかった時でも、喪服は持って行けなかった。

代わりに元気の出る赤い洋服をたくさん詰めることにした。それでもやはりこのところ気分は落ち込みがちだ。だからiPhoneをつけるたびに元気の出る壁紙にした。

おバカなアプちゃん

2014年10月17日金曜日

最高の幸せ

なんと父は夕べ自分で食事して、トイレにも自分で歩いて行ったようだ。姉が夕方行くと話も少し通じたし、帰ると言うともう少しいてほしいと姉に頼んだようだ。微熱は続いているが驚くほどの生命力だ。このまま回復するのだろうか。

自分でお茶も飲んだ父
昨日はほぼ決めていた。来週の火曜日に出て京都に帰ることを。変更料金は450㌦ぐらい。痛いがお金には替えられない、いや、もったいないからもうちょっと待ってみるか。しかし、今朝の姉のメールで帰るのは保留した。11月になってからでも大丈夫かもしれない。

取りあえずは今日のジャイアンツのゲームを楽しんで来たら?という内容だった。

そう、今日の試合はジャイアンツのリーグ優勝が決まるかもしれない試合。まさか、タイミングよくそんな試合のチケットを買っていたとは思ってもみなかった。リーグ戦は7戦中4先勝(Best of seven)で決まる。今ジャイアンツは4戦中3勝している。つまり、今日が5戦目で今日勝てば優勝だ。今日負けると明日以降に優勝は持ち越される。


アメリカではどんなスポーツにおいても、選手のエゴがよく話題にされる。うぬぼれがもたらす自己顕示欲というか、このエゴは有名なチームで活躍している選手の中ではどんどん大きくなっていく。だから、例えば試合中ピッチャーが降板を命じられた時、エゴの強いピッチャーは怒る。監督に対して爆発する。

ところがジャイアンツのすばらしい所は、監督の穏やかな人間性の元、どのピッチャーもエゴが強くない。多くの中継ぎピッチャーがいるが、どの選手もunsung hero、つまり縁の下の力持ちという立場でも文句を言わないのだ。スポットライトが当たることがなくても、黙々と自分の役割を果たす。

また、ピッチャーは試合中バッターにわざとデッドボールを投げる。復讐のためにだ。ジャイアンツのピッチャーはこれをしない。ピッチャーだけではなく、チーム全体が高校野球のチームの選手たちのようだ。

蟹サンドイッチ$16
パンが脂っぽいがおいしい
ジャイアンツは超人気チームなので、チケットを手に入れるのはそう簡単なことではない。特にプレーオフのチケットは抽選で当たった人のみが、購入することができるのだ。今年はワイルドカードから勝ち越して来たジャイアンツ。今日の試合は勝っても負けても楽しむことにしよう。

↓  ↓  ↓ 6時間後

ジャイアンツがなんとサヨナラホームランでリーグ優勝した。今までの人生これ以上幸せだったことがあったかどうか思い出せない。記憶に残る試合の上位に位置する、と言われる試合に行くことができたのだ。

少なくとも今晩父のことはぶっ飛んでしまっていた

それにしてもこれが自分の人生の一番幸せな時間だったと思うとは、大して良いことのなかった人生だったのか、とも考えてしまう。

2014年10月16日木曜日

一進一退

父の状態は一進一退というところか。夕べ姉がホームに7時頃行くと、父は寝ていた。揺すっても背中を起こしても父は眠りこけている。スタッフと話すと父は夕食にポカリスウェットを1杯と栄養ゼリーを食べた。おかゆは飲み込めないので今日からゼリー状のおかゆになる。

あっという間に痩せた父
つい2週間前はうな丼やお饅頭を食べていたのに?一体何があったのだろうか。

母のために買っていた床ずれのパッドを持って行くことにした。

父のことがかなり不安材料になっているのだが、少なくとも子供たちの心配が少ないのは良かったとつくづく思う。二人とも仕事をしているし、色々問題はあってもとりあえず健康で暮らしている。こうした小さな幸せな時間を楽しまないといけないと思う。

ついこの前まで食べていた
おかゆ
今週は毎日友人と会っている。Yは夫との問題があり夜も眠れないことが多い。Cは1ヶ月前に24歳の息子が飲酒運転で捕まったので、また繰り返すのではないかと心配している。Mは28歳の長女が結婚後1年半で別居。今離婚手続き中。

こうした問題を聞くと、やはり親の問題は大きなことではないと考えるべきなのかなあと思う。父の時代は終わりかけているのだ。静かに穏やかに送ってあげることが子供の役目なのだ。どんなに親孝行しても、親の死後後悔し続けることだろう。今はとてもつらいが、父や母のことはいつかいい思い出にすることができると思う。

子供に関しての心配は尽きない。幸せな人生を歩んでほしいと思う。大人なのだから突き放せばいいのに、と思ってはいてもついつい気になる。

そうそう。もう一つ(子供の)心配事が増えた。

アプの左前足(曲げている)
膝蓋骨がまた痛くなり始めたのか
毎月通院して治療中

2014年10月15日水曜日

回復のきざし

昨日のブログには父の現在の写真を載せようと思った。が、思い直した。父の尊厳を甚だしく損なう写真だったからだ。父の眼には一切の知性が見られない。そんな父の姿を見るのは本当に苦しい。認知症のことを以前は痴呆症と呼んでいたのがわかるような、そんな写真だった。

父の写真はつらいので
代わりに今日はアプの写真
昨日診察してくれた若い医者に姉は不信感を持ったようだ。幻覚を見るのと首が痛い、という症状は髄膜炎でしょう、穿刺検査をしましょう、この病院では無理なのでT病院か国立医療センターに行ってください、という診察だった。

忙しい中、姉は日曜日アプを
トリミングに連れて行った
尿が余り採れなかったので尿検査はできません、癌検査もしましょう、と医師は続ける。姉は導尿検査だけをしてもらって父を連れて帰った。導尿を痛がった父にこれ以上痛い検査はさせたくない、と思ったのだ。一緒に来てくれたホームのスタッフも、医者が提案する検査は老人には酷ですね、と言う。

今朝の熱は6度8分。血圧も正常。父はスタッフを大きな声で『おーい』と呼んだらしい。栄養ゼリーとジュースを飲んだ。スタッフのMさんによると、父は良くなって来たと感じるとのこと。

もしかしたら少しずつ回復するのかもしれない。91歳の高齢者のことなので想像がつかない。2年前肺炎から奇跡的に回復したように、今回も回復するのかもしれない。昨日の父の写真を見た限り、回復するとは思えないのだがまた奇跡は起きる可能性がある。

次に日本に行くまでに体調を戻したい
毎日炭酸水を1.5ℓ飲む
今回父が回復したとしても、いつか父は死ぬ。その日はそう遠くはないだろう。そのことを考えると、どうやって対処したらいいのか不安になる。弱々しい父の姿を見ると涙が止まらない。

そして毎日チキン野菜スープ

できれば父にはしっかりと回復して、昔のように憎たらしいままで逝ってほしい。


2014年10月14日火曜日

父は寝たきりになるのか

昨日姉は父の様子を見にホームに朝とお昼に行った。夕方は台風のため断念。

朝の様子
ベットから出て食事を摂るという体勢がとれないので、詰まるのが怖くて食事ができない。栄養ゼリーとトロミのついたお茶のみ。

7月の父

話はできた。車椅子で家に帰りたい、心細いから泊まってくれ、そして私がどこにいるのか聞いたということ。

午後一番の様子
熱はあまり出ていない。電話局に電話代を払いに行かないといけないと言う、天井の隅に人がいると指差してじっと見ている。うわごとは言わなくなった。

9月の父
昼間寝ることが多くなった
姉が足を動かしてあげると、『痛い、どうしてそういう動かし方をするか、あんたは無茶をする、どうして人のことを考えんか』といつものように憎たらしい言い方で文句。

うわごとは熱のせいだったのか。熱が下がって来たらうわごとは言わないが、相変わらず起き上がろうとしない。このまま寝たきりになるのだろうか。

今日は姉が仕事を休んで、病院の受診について行った。CT検査の結果では脳出血などはない。抗生物質が効いていないので、新しいのを処方するということ。

一昨年の父
今朝はお粥を食べた。ホームの園長さんとも話した。園長さんによると入院せずにできることをしてくれる、点滴もしてくれる、胃瘻はしなくても長生きできる、認知症は急に進行することがあるということだ。

待合室で撮った父の写真を姉が送って来た。驚愕の写真だった。先週の父からは想像もつかないほどの変貌だ。やはり今週中に日本に行くべきかどうか考えてしまう。一応飛行機代を調べてみた。この料金に基づいて来月のチケットを変更する。差額+変更料金300㌦だ。

関空


Mo
TuWeThFrSa
Oct 14
From$4,861
Oct 15
From$4,861
Oct 16
From$4,861
Oct 17
From$2,885
Oct 18
From$2,985
Oct 19
From$2,985
Oct 20
From$2,885
Oct 21
From$2,260
Oct 22
From$2,260
Oct 23
From$2,260
Oct 24
From$2,335
Oct 25
From$2,985
Oct 26
From$2,435
Oct 27
From$2,335
Oct 28
From$1,960
Oct 29
From$1,960
Oct 30
From$1,960
Oct 31
From$2,035
Nov 1
From$2,985
Nov 2
From$2,135
Nov 3
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From$1,960
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Nov 10
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Nov 11
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Nov 12
From$1,960
Nov 13
From$1,960




成田

SuMoTuWeThFrSa
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From$1,107
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From$2,949
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Nov 12
From$1,107
Nov 13
From$1,107
いえいえ、飛行機代よりもホントはこれが気になる。


いえ、ジョーダンですがね(半分は・・・)

2014年10月13日月曜日

父は死んでしまうのだろうか

松本先生が来てくれた。父が信頼する針灸師の松本先生は、去年父がホームで『家族を呼んでください』とスタッフに訴えることが多かった時、唯一頼りになった人だ。父の所に週に2度来てくれていた。父は松本先生のことをダチと呼び、親し気に話していたものだ。

今日は暑かった
ちょっと体調が悪い
サンフランシスコに次男を送って
行くつもりだったがキャンセル
その松本先生がホームの近所に鍼灸院を開き、ホーム専属の針灸師を辞めてしまってからは、どうにか個人的に松本先生を雇えないか、と何度もホームに打診した。が、ホームの返事はノーだった。











今年の1月以来
雨は一度降っただけ
園長に掛け合ってやっと松本先生に来てもらえることになった。今のところはボランティアとして、松本先生がホームに用事のある日曜日に父と話しにやってくるだけだ。あとはもう一度ホームと交渉して、父の所に施術をしながら話しに来てもらえるようにしたい。料金は家族が負担するのに、ホームはいい返事をくれない。ボランティアとしてのみ許されているのが現状だ。

松本先生は父を見て、去年の状態よりいいんじゃないか、と言ってくれた。去年は父自身がしんどい思いをしていただろう。やはりこの先生と話すとホッとする。父は先生のことを覚えていなかったが、先生には『覚えています』とちゃんと社交辞令を言ったらしい。

マリー母のお誕生日のために帰っていた
次男とマリーをスタンフォードの電停まで送る
マリー母にトイレットペーパーを
大量に持たされている二人
夕べ姉がホームにもう一度行ったら、父は寝ていた。スタッフによれば一日この状態で寝ていた。食事も摂っていない。水分も殆ど摂っていない。看護師と相談して様子を見ようということになっているということだ。

身体を動かすのをいやがる。首が痛いというので、姉が父の頭や眼にさわっていたら、父は誰?と聞く。『娘』と姉が言うと姉の手を探してさわって、感謝のサインをする。『全てありがとう』と父が言うので、もうお迎えが来ているのか、と姉が冗談で聞くとそうでもないらしい。

姉が持って行った食べ物は全く食べなかったようだ。アクエリアスだけ少し飲ませて帰る姉に、『ありがとう、気をつけて』と言う父。

スタンフォードのカフェ
姉から『もし胃瘻にしようということになったらどうするか』と相談するメールが来た。胃瘻にして生きながらえることの問題をNHKで見たことがある。必ずしもいいことではない。QOLが良くない状態で延々と生かされることもある。今の父の状態だと穏やかに弱っていき、死に至るのかもしれない。それは決して苦しい死に方ではない、と聞いている。

が、まだあきらめきれない。このまま父が死ぬのを手をこまねいて見ているわけにはいかない。だからいざとなったら胃瘻にするべきなのだろうか。勿論意識がはっきりしているのなら、胃瘻にはしてもらいたい。が、殆どもうコミュニケーションも取れない、意識が混濁していている状態で胃瘻にしますか、と聞かれたらどうするか。

取りあえずは点滴などで栄養補給をしてもらいたい。

母が死んだ時は悲しかった。薬害で38歳の時から寝たきりになった母がかわいそうだった。が、父の死は母の時とは比べ物にならないほど受け入れられない。父のQOLを無視して胃瘻にして、ただただ生きながらえてほしいような気もする。

こんなに悲しい気持ちの時でさえ
ちゃんとお店で靴をチェックする