2014年4月30日水曜日

ゴミ、ゴミ、ゴミ

引き続き父の物を始末している。同時に去年から実家に戻って住んでいる姉の物も始末している。姉がためこんでいた個人情報の記載された書類を、シュレッダーにかけるだけで数日かかる見込みだ。なにしろ姉も物が多い。


父のものはメモ帳だけで千冊はくだらない。その中には重要な情報、母の介護日誌などもあるので、一冊一冊目を通す。とにかく細かいものが多いので、それを一つ一つ大事かどうか確認しながら捨てる作業は時間がかかる。2日ぐらいで終わるだろうと思ったのは大きな間違いで、まだまだかかりそうだ。


父の部屋の押し入れを片付けて、その中にリビングルームにある細々した物を入れたい。が、押し入れの中の物も細かいものだらけだ。その確認作業だけで数日かかる。何故ならその合間にアプの世話、父の世話があるからだ。

せっかく日本に来ている夫をこういう作業だけで帰らせるのも気がひける。だから、食事に連れて行ったり観光も少しはさせてあげたい。


昨日はわいわい広場のあと龍馬通り付近を散歩して、寺田屋にも初めて行って見た。その後食べた月の蔵人という湯葉料理もなかなかおいしく、人気があるようで30分以上待った。


1650円どす
その後姉の車にゴミを積み込み焼却炉に持ち込む。100㌔以下なので1000円だ。だが、まだまだゴミはある。夕方はまた相談員から電話があった。父が娘と話したいと言っている、ということだ。父と電話で話しても殆ど父には聞こえない。が、声をきかないと落ち着かないのだろう。夕方ホームに行かない日はこうして必ず電話がかかってくる。忙しいスタッフや相談員も本当に父一人で大変な思いをしていると思う。

今日も一日書類をシュレッダーにかけるのと、ゴミをまとめる作業。45ℓの袋に10袋まとまった。多分あと15袋ぐらいあるだろう。

夕方父の所に行くと、スタッフの一人が父の脈を測っていた。また体調の不安を訴えて、脈が速い、熱があると言っているらしい。これが10分に一度ぐらいだから、スタッフも大変だ。夕食の支度もあるのだ。このホームでは、魚だけはそれぞれの街のキッチンで焼く。家に住んでいるような雰囲気を出すためだ。だから、スタッフは忙しい。


驚いたことに今日の父は夫を認識することができなかった。私の義理の父だと思い、敬語で話しかける。自分の年齢もわからない。驚いたことに母が死んだことも覚えていない。昨日はかなりはっきりしていたのに、今日は朦朧としているようだ。

夕食は四条河原町のレストランを予約していた。1時間半父と話したあと、父の夕食が始まる5時半にホームを出ようとしたら、父が不安がる。夕食が終わって部屋に帰るまでいてほしい、と泣き顔で何度も言う。が、もうきりがない。最近の父はいつもこうだ。信頼するスタッフがいるから大丈夫、と父が安心するまで言い聞かせる。

今までいつ行っても本当においしい野菜料理が食べられた河原町のレストラン、今日は失望した。何もかもがイマイチおいしくない。今は筍が旬なので筍料理ばかりがお薦め料理になっていて、筍が大嫌いな私には食べる物がない。まあ、筍のシーズンにお店に行き、筍抜きでお願いしますと言う方も言う方だが。

ホタテととろろのサラダはおいしかった

三種の煮野菜
タマネギ、じゃがいも、スナップえんどう

ま、それでも嬉しいこともありましたがね。

父のゴミの中から出て来た三千円

2014年4月24日木曜日

あれ、もう夏?

京都に春と夏はあるのだろうか。いや、あるのだろう。が、感覚的には1ヶ月も続かないような気がする。突然夏になったみたいで暑い。日曜日は7月の気温になるそうだ。これからの時季はアプの散歩が大変になる。

朝晩2度の散歩が
必要なアプ
暑くなると家の片付けもしたくなくなるので、今日もリビングルームを片付けた。ふと思いついて窓を開けてみた。この部屋の窓を最後に開けたのは何年前かわからない。10年ぐらい開けてないかもしれない。とにかく父が開けさせなかったのだ。父独特の理屈があって、ベランダに出るドアは開けてもいいが、部屋の両横の窓は開けさせてもらえなかった。

シェードで暗くしてあった
開けると延々と文句を言うのだ。開けると外からのばい煙が入って家が傷む、日光で中の物が傷む、日差しが目に悪い、などなど。父は独裁者で全てのことを父が決めて、父の思うように従わないと延々と家族が不愉快になるようなことを愚痴るのだった。



だから、リビングルームの窓を開けたのは数年ぶりだった。

父の理屈ではシェードも閉めておかないといけない、ということで昼も夜も何重にもシェードがおろしてあった。久しぶりに開けてみると外のグリーンが見えるし、気持ちいい。この家は高台と言えば聞こえがいいが、最寄り駅から15分も坂を登った辺鄙な所にある。良いところは、隣近所が余りないので風が通る。

でも・・・
シェードを開けるということは
その後ろにある数々のゴミ(古い電化製品)を
発見するということだったんですね

2014年4月23日水曜日

肌の艶

姿勢が悪いせいか肩こりがひどい。足は右側の股関節がスムーズに廻らないし、毎日だるくて仕方ない。近所のスーパーにあるマッサージに行くことにした。最終予約が7:10。だから父のホームには6時前に行って1時間だけいることにした。

午前中は片付け続行
大分片付いて来た
夕食を終えた父に薬を飲ませて部屋に戻ると何か食べたいと言う。父の大好物であるおはぎを食べたあと、父はまだ何かほしがる。バナナ一本。これも認知症のせいなのだろうか。最近本当に父はよく食べる。


1時間おしゃべりしたあと、7時10分前にホームを出ようとすると、父が『もっとおってえ。寂しいのに。姉ちゃんは来んのか。しばらく顔を見てない。寂しい。』とまたあの甘え声のだだをこねる話し方が始まる。

このホームの父の街には入居者が8人ぐらいいるが、他の入居者の家族を見かけることはまずない。唯一人時々見かける娘さんがいるが、あとは1年間通って一度も他の家族を見た事がない。父以外の入居者は皆話もできない重症患者なので、家族は来ても仕方ないと感じるのだろう。が、つまりそれは父がこのホームにいても寂しいと感じるということだ。


去年2階にいた時父には話し相手が何人もいた。仲良しの矢野さんと話がはずむのを見て安心していたのに、父は段々と矢野さんのことを遠ざけるようになった。矢野さんが自分を避けている、と自分で決めつけてしまうのだ。こうして父は仲良しを失っていく。あのまま2階にいたら、父は人間関係で問題を起こしていただろう。

父が寂しがっているからといって何時間も一緒にいてあげると、父はどんどん図に乗るタイプだ。今日はお医者さんに行かないといけないので帰る、とやっと振り切ってホームを出た。それにしても父の肌の艶は90歳のそれとは思えない。長生きするのだろうか・・・。複雑な気持ちだ。


マッサージでは一つ困ったことが。うつぶせになって鼻だけをマッサージ台の穴から出していると、その下に置いた自分の手にポタポタと鼻水が垂れて来るのだ。アレルギーの薬を飲んでいても鼻水がすごい。アメリカでは薬を服用し始めてからは完全にコントロールされていたのに、日本では効果がない。日本では日本の薬が必要なのだろうか。しかし至福の時間だ。それにこの辺りは田舎のせいか安い。70分で4000円を切る。


さて、リビングルームはかなり片付いて来たので、あと2日あればめどがつきそうだ。とはいえ、書類は個人情報のあるものはシュレッダーにかけるべきだろうし、その見極めに時間がかかる。

父は100円ショップが大好きで、細かいものをため込んでいるが、その中にはこれ役に立ちそう、というものが時々ある。

こういう優れものが時々出て来るから
なかなか片付けも時間かかるんですね

2014年4月22日火曜日

風船バレーボール

火曜日はわいわい広場の日。どんなイベントにも参加するのを億劫がる父が、これだけは唯一喜んで行く。その前に歯科医の診察があったので、父を連れて行く。順番が来るまでうるさくうるさく言う父のことを知っているスタッフが、父を一番に診てもらえるよう計らってくれる。それでも5分待った時点で、父は自分が待っていることを歯科医は知らないのではないか、どうしてこんなに待つのか、とやいやい言い始める。

ホームまでの道
これ桜?
父が待たなくてもいいように一番に診察してもらう予定だということ、そういう便宜を図ってもらっているのに、それでも5分が待てない父はわがままだ、ということを指摘した。こういう父が本当に恥ずかしい。

父は『それは存ぜぬとはいえ、失礼致しました。』と言う。診察が始まると、今度は歯科医に必要以上におもねる。どうして父はこんなに性格が悪いのか、といやになる。


わいわい広場は風船バレーボールだった。年を取っても皆こういう球技は大好きで、皆笑顔になる。研修に来ていた将来の介護士さんたちが参加しているのを見て、やはり愛嬌があって明るい介護士さんはいいなあ、と思う。明るい人には高齢者も取っ付きやすいと感じるようだ。人間はどんな状況においても愛嬌が必要なんだなあ。


しかし父は臭い。車椅子を押していても頭が臭い。お風呂に最後に入ったのはいつだろう。週2回のお風呂にも、父は風邪をひくから入らないと断っているらしい。今日こそは絶対入らせないといけない。わいわいが終わったのが11時。お風呂は1時半から。

京都駅に行って時間を潰したあと、1時前にホームに戻った。伊勢丹で買って来た生八ッ橋にあんこの入った『おたべ』を父にあげる。父が喜んでおたべを食べているうちに1時半になった。帰ろうとすると、父はお風呂が終わるまでいてくれ、自分の顔を見てから帰ってくれ、と何度も何度も言う。それが『もうちょっとおってくれえ。お風呂から帰った時に顔だけ見せてくれえ。それぐらいしてくれんか。』とだだをこねるような言い方をするのが本当に苛つく。

父の部屋の冷蔵庫の
霜取りをした
腹が立って仕方ないが、これで帰ると父はスタッフに『娘に電話してくれ。』と言いに行き、忙しいスタッフを困らせるのが目に見える。仕方ない。また40分間待つ事になってしまった。

やっと戻って来た父に、さあ帰ります、と声をかけると今度は不安なのでもうちょっといてほしい、とまただだをこねるような言い方が始まる。本当にこの父の言い方にはイライラする。この時点で帰るとまた不穏になってスタッフを患わせて娘に電話しろ、となる。我慢してあと15分はいないといけない。

こういう時仏の顔ができない。本当に苛つく。父は人を苛つかせる才能を持っている。

お昼に京都駅アンデルセンで食べた
クラブサンドとカプチーノ
最近いつもお腹がすいている
育ち盛りなのか?

2014年4月21日月曜日

ゴミ箱

父は物を捨てない。だから実家はゴミ箱と化している。地下室と呼んでいるリビングルームの下にある部屋は天井までびっしり物が詰まっていた。去年夫が来て地下室から全ての物を玄関前まで出して、業者に来て引き取ってもらった

今年はリビングルームの掃除をする。リビングルームも足の踏み場がないほどの状態だったが、ここ数年で少しずつ片付けたので、家具や物は3分の1まで減った。それでもこの状態だ。


とにかく父は全ての物をためこんでいた。もらった携帯ティッシュから、取扱説明書、何のためのものかわからない電源コードなどなど、正常な人間がすることとは思えないほどのゴミの量だ。その中には銀行や役所からの書類もあるので、一枚一枚の紙をチェックし、一つ一つの袋や容器を開けて見て確認しないといけない。


ソファや大物家具は3年前に大型ゴミに出した。今はプラスチックの引き出し類と、100円ショップで買ったプラスチック容器がたくさんあるので、それをゴミとしてまた引き取ってもらわないといけない。日曜日に夫が来たら1週間は片付けをして、物を減らす予定だ。 

さて、夕方6時過ぎにホームに行くと、父が険しい顔で廊下のソファに座っている。スタッフの一人が来て「午後から暑いと言わはって、夕食も食堂では食べたくない、ソファで食べたいとおっしゃって。」とひそひそと教えてくれる。父はその間にも「ちょっとぉ、ちょっとぉ。熱い食事では困る。冷たいのを持って来てくれんか。」と偉そうに言っている。

薬が『金属の味がする』と
文句を言って
ゼリーを作ってもらう
ようになった
すぐ父の前に行って「特別に冷たい食事なんか作ってもらえるわけがないでしょう。そういうわがままはやめなさい。」と私が言うと、父は私の顔を見て不服そうに「あんたまでそういうひどいことを言うんか。」とのたまう。いつものとてつもなく憎たらしい父の態度だ。

スタッフはこんな父にこき使われて、他の入居者の世話をする時間もないのではないだろうか。特に夕方は他の人たちの着替えなどを2人のスタッフでこなさないといけない。父の相手をしている暇はないのに、父が一番手を焼かせる。だから、家族が行って面倒をみないといけない。

部屋に連れて行きゼリーで薬を飲ませて、どら焼きを食べさせたら洋服がもうグチャグチャに汚れ濡れていた。着替えようと父のシャツを脱がせると、父は背中を掻いてほしいと言う。それが延々と右、左、真ん中、端っこ、もう一度!違う違う!と不愉快極まりない態度で言うのだ。どうして家族やスタッフが父のわがままに付き合ってしまうのだろう。


付き合わないと不穏になるからだ。そうなると父はおかしくなってくる。ホームを飛び出すかもしれない。それで事故にでもあったら、家族は後悔してもしきれないという日々になるだろう。あの時もっと優しくしてあげれば良かった、と。

セロテープであちこち直している扇子
ホームもゴミ箱化しつつある

2014年4月20日日曜日

時差ぼけと花粉症と風邪

東京は思いのほか寒かった。こちらに来る前に気温をチェックしたら初夏だったし、姉からはアプのベットをひんやりするものに替えたと聞いていた。だから、春用のセーターと薄いジャケットを持って来ただけ。が、東京ではまだダウンジャケットを着ている人さえたくさんいるではないか。

機内でiPadを使って
オンディマンドの映画が見られると聞いていたが
まだサービスは始まっていなかった

そういえば去年の今頃夜景を見るためにゆりかもめに乗ったが、余りに寒くてすぐ引き返して来たのだった。来年はこのことをしっかり覚えておかないと。しかし、来年の今頃はどうなっているのだろう。父はどういう状態なのか。

頭は去年の今頃と比べてさほどボケが進行しているようには思えない。補聴器の管理などはできなくなって来ているが、いまだに普通の会話ができるし孫たちのこともよく把握している。四文字熟語や計算もよくできる。他人が見るとボケているようには思えないだろう。
去年よりも見えていない
白内障が進行した父

が、身体機能は違う。去年はしっかり歩いていたのが、1年後の今はヨチヨチ歩きだし、椅子から立ち上がるのが簡単ではない。わいわい広場にも車椅子で行くようになった。ズボンのチャックが閉まっているのを見たことがない。それならウェストがゴムのズボンをはけばいいのに、父はベルトをしないと落ち着かないようだ。だから、チャックは閉まっていないがベルトはちゃんとしている。

白内障も進行したせいで父はテレビや字がよく見えないらしい。人の顔もそうだ。手術を受けさせてあげたいが、不安を人一倍、いや人百倍感じる父の手術に関する不安を受け止める体力が私にはない。なにしろノンストップで不安を言いつのるし、病院でも父は暑い寒い、と洋服を脱がせてくれ、着せてくれ、アイスノンがほしい、気分が悪いと言い続けるのは目に見えている。そのたびに走り回ったり車椅子を押してあちこち歩いてあげたり、と心臓マヒを起こしそうなほど疲れる。

が、父が少しでも視力を回復するように、自分の身体を犠牲にしてでも手術を受けさせるかどうか、というジレンマがある。これが老々介護のつらいところだ。父は視力低下については何も言わない。不便を感じてもいないようだ。

一日一錠
クラリトン
花粉症には良く効く

とにかく、夕方父の所に行くつもりだったが、冷えから来た体調の悪さで行くことができなかった。風邪、花粉症、時差ぼけもあったのだろう。息苦しさ、心臓が縮こまったような感覚、唇と手足のしびれ、疲労感、身体全体がむくんだようなだるさ、に悩まされた。

調子が悪い時出るようになった症状の一つ、目の下にできる隈もしっかりと赤黒い。

落ちたマスカラも混じった目の下のクマ
なんとも不気味でしょ?

2014年4月18日金曜日

サンフランシスコ空港の滑走路

空港までは我が家から1時間足らず。今朝はいつもより家を遅く出たら、途中で事故があり迂回のために道は大混雑。高速に乗るまでに40分ぐらいかかってしまい、ちょっとヒヤッとした。


が、この家が右手に見えると空港も近い。これはベイエリアのランドマークになっている個人宅だ。大きな家だがなんというか蛸のようなデザインというか。以前はベージュに塗られていたこの家も、ある時テラコッタ色に塗り直された。以前は生の蛸だったのが、今度はまるでゆでだこのようだ。


子供たちが小さい時
蛸ハウスと呼んでいた

Wikiによるとサンフランシスコ空港の滑走路は『クロース・パラレル方式で2本×2組、計4本の滑走路が配置されているが、この近接した滑走路での同時離着陸が行われている世界でも珍しい空港である。 その理由はこの空港が一日1000を超える航空機の往来があるためで、同時着陸を行う際は接近を告げる機内アナウンスが放送される事が有る。並行する二本の滑走路が近接しているため、名物の霧がかかるなど気象条件が悪化すると片方の滑走路が閉鎖され到着遅れの原因となっている。』とある。



今日のゲートは一番最後のゲート99


今まで滑走路に興味を持ったことは一度もない。飛行機自体に興味もない。大きい飛行機はジャンボジェット、などと思っていただけだ。実はジャンボジェットというのは747機だけだと聞いて、そうかぁと納得したがそれでもやはり興味をかきたてられない。あれは大人も含めて男の子の好きな話題なのだろう。私が興味を持つのは座席の快適さに関してのみ。

が、今日のフライトもガラガラだったので、3席の窓側に座ったり通路側に座ったりしながら、滑走路を眺めてみた。するとひっきりなしに飛行機が発着している。そうかあ、やっぱり一つの空港だけでこんなに発着陸しているのだから、飛行機事故は確率的にかなり低いのだなあと改めて納得する。

隣の滑走路には次々と飛行機が現れる
これは777?


キャセイ・パシフィックこれは747か?

背後に2機離陸している

これはユナイテッド
ちょっと小さめ?
これはコリアンエアー
ジャンボ?それとも777?う〜ん
旋回してやっと滑走路に入る

まっすぐに伸びた滑走路

やっと滑走路に入った。今日のフライト時間は10時間50分だそうだ。

この青い空の向こうにあるのは・・・


青いアイスノン鉢巻き

2014年4月17日木曜日

出発前日

日本に発つ前日はいつも忙しい。パッキングで行ったり来たり、上がったり降りたりと一日中バタバタしているからだ。どうしてこんなにパッキングが下手なのか。いつも機内持ち込みの荷物を拡げて途方に暮れる。

何故こんなにある
機内持ち込み荷物


夕食の用意もあるし、作り置きも少ししておきたい。特に冷蔵庫の中の野菜を全部料理する。それから取りあえず明日の夕食も。明日機内に持ち込むフルーツを切って容器に入れる。


忙しいが、友人が一緒にランチを食べようと言うので、車で10分のモールに行ってデパートのディスカウントショップで待ち合わせることにした。友人が携帯電話を忘れたので、お店に来ても連絡ができない、困った、どうしようと言う。だからユニクロで買ったミントグリーンのジャケットを着ていくことにした。これならどこからでも友人は私を見つけることができるだろう。


が、お店に行ってびっくり。ここには15人ぐらいの店員さんがいたのだが・・・



ユニフォームはミントグリーンでした。