2013年9月16日月曜日

母の写真

百科事典で敬老の日の意味を調べると『多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う日』と出ている。

敬老の日の今日父のホームでイベントがあった。理事の挨拶、表彰式、家族同士の親睦会、など3時間以上にわたる盛りだくさんのイベントのプログラムが配られる。2時半からのこのイベントには姉が行った。

姉が家を出たあと3時ぐらいから少し寝ることにした。とにかくいつ眠れなくなる状況に陥るかわからないので、少しでも体力を蓄えるためだ。4時過ぎに姉が帰って来た。イベントはどうだった?と聞くと「激怒した。」という返事。一体何があったのか。

桂川が氾濫した日
早朝から携帯に避難勧告が何度も入る
これは家の裏にある疎水
父の部屋に行ってイベントに行こうと誘った姉に、父は面倒なので行きたくないと言った。人ごみの中は暑いし表彰式なんか出たくないと。少しでも脳を活性化させるためにイベントに父を連れて行きたい姉は、でも表彰されるのは楽しいんじゃない?と気持ちをもり立てた。父は今89歳、来月90歳になる。つまり卒寿だ。だから、もしかしたら自分も表彰されるかもしれない、とやっとその気になった。

父を伴ってイベント会場に降りた。園長と理事の長い挨拶のあと表彰式が始まる。しかし表彰されたのは米寿、喜寿、白寿、そして紀寿(99歳)以上の人たちだけだった。卒寿と傘寿(79歳)は表彰の対象ではなかった。

喜寿、米寿の人たちが花束をもらっている時父は拍手をしながらも、自分が次だと気持ちが盛り上がって行ったのだろう。そんな様子を見ていた姉は、卒寿が対象外と知ってがっかりした父を見て怒りを感じたらしい。姉の気持ちもわかるけどまあ仕方ない。そんなことは子育てをしていた時には毎日のようにあった。いや、自分自身のことを考えても、公平ではないと感じることは日常茶飯事だった。

私が幼稚園に行っていた時もそうだった。大会社の社長の娘ナッちゃんはいつもえこひいきされていた。お抱え運転手による黒塗りの車で送迎されていたナッちゃん自身は庶民的だったが、お遊戯の発表会などは全てナッちゃんが主役だった。このことで親が文句を言えば、今ならモンペ扱いされるだろう。確かに真性モンペは多いけど、正当で公平な扱いを要求する親も、今はモンペとして逆差別をされる、ということも聞いた。ホームでも意見を言うことは嫌われる。クレーマーとして扱われる。


新聞広告を見てこの2冊を
読みたくなった父
が、買ってもまだ読んでいない

夜6時前に父の所に行くと、父は夕食を終える所だったので、食堂で父の隣に座って薬を飲む補助をした。4袋に分けてある薬はホッチキスで留めてある。手の平に出してあげた。お茶で全ての薬を飲んだあと、父はホッチキスの針が入っていたのではないか、と不安になったらしい。針が入ったような気がする、と延々と口の中に指を入れていた。新たな不安か、と思いながら部屋に一緒に戻った。

前日の話の続きをする。母の話。母に親切にしてくれたリハビリの先生の話をしているうちに、そういえば、と父が思い出した。ちょうどその頃リハビリの台に立った母の写真を撮った。身障者手帳を作るために撮った写真だ。その写真がほしい、と言う。『あちゃ〜、思い出したか。』と内心思った。

この写真のことを父は数年言い続けている。どうもこの写真の母が好きらしい。確かにこの写真の母は丸顔にくりくりした目がかわいい。

40歳の母は、足に装具をつけると平行棒を使って立った姿勢を保つことができた。毎日リハビリに行っては、母の明るい性格に皆が吸い寄せられるように集まったものだ、と父が言う。その頃の母のことを思い出すから、その写真がほしいのだそうだ。父は母のその明るく社交的な性格を『万年女学生』と形容した。


父の認知症が進行して母のことも忘れてしまう前に、その写真を見せてあげたい。が、その写真は、姉が数年前に母の身障者手帳を更新した時になくしてしまったのだ。区役所では新しい身障者手帳を発行する際、古い手帳を取り上げてしまう。父がその写真を好きだと知っていたので、姉は写真だけ返してください、と頼んだ。が、返してもらった2㌢四方の写真をバックに入れた姉は、そのあとどこにしまったか忘れてしまったのだ。とにかく怒濤の介護をしていた毎日だった。そんな小さな写真のことは忘れてしまうだろう。


手帳のコピー

その後姉は何度もその写真を探した。が見つからない。今なら大事な写真はすぐiPhoneで取り込んで保存しただろう。その頃はそういう時代ではなかった。

父があの写真をもう一度見たいというのがかわいそうで、姉にすぐメールした。姉もどうしても見つけてあげたい、とその当時使っていたバックをもう一度探してみたがやはりない。母の遺影に向かって『あの写真を見つけるのを手伝って』と話しかける。が、やはりどこにもない。


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しかし、その時ふと思い出したのだ。手帳自体をコピーしたのではなかったか。必死で探した末コピーを見つけた。取りあえずその白黒コピーに、母の写真に近いイメージは残っている。明日はこのコピーを父に持って行ってあげようと思う。果たして父はこれで満足してくれるのか。写真を見た父は涙するのか。それともこんなのは写真じゃない、とがっかりするのか。

小さなサスペンスだ。