2013年7月1日月曜日

オン/オフ

日本に来ると時差ぼけで4時頃には目が覚める。それでも少しずつ朝は遅くなっていくが、今朝は6時半に目が覚めた。途端に父のことを思い出して心配になる。夕べは大丈夫だったのか。まあ、ホームから電話がなかったということは大丈夫なのだろう、と思うことにして8時20分に家を出た。

9時10分前に到着。3階に上がるとスタッフが「夕べはなかなか寝付けなかったようです。今起きられたんですが、珍しくパンツにオシッコをしてはったんで、パジャマを着替えたところなんです。」ということ。部屋に行くと父は起き上がることもできない状態だった。かなり混乱している。ベットの下には水たまりがあった。



やはり夕べも混乱した状態が続いて、バルコニーから飛び降りるのではないか、と心配したスタッフが何度も様子を見に来たようだ。一体何が起きているのか。昨日の朝までは元に戻っていた父に何があったのか。また幻覚を見ているのか。

不安を訴え続ける父はそれでも朝ご飯の雑炊を食べる。おかずはさつまいもが3切れ。わびしげな朝食を食べる父がかわいそうになる。食べている姿は弱々しく、もう父は一生歩けないのではないか、と思えるほど一気に年を取ったように見える。

看護師、相談員、園長と次々に部屋に入って来て、夕べ父はかなり混乱していたということを説明してくれた。すぐ森先生に連絡してみてください、と頼んだ。今予約を入れます、ということ。父は毎日森先生の所には二度と行きたくない、と言い続けている。こんな父をどうやって説得して連れて行くのか。

森先生はすばらしい先生とわかっているが、この前強制的に車に押し込まれて連れて行かれたことが何度も何度も頭の中によみがえって不安なのだ、と父は言う。あの幻覚を見ていた頃の父を、病院に連れて行くのは大変なことだったろう。父を無理矢理車に押し込まないといけない状況だったのは目に見える。父にとっては大変な恐怖だっただろう。

父が森先生に伝えてほしいことは以下のことだそうだ。
  1. 全てはいい方向に向かっていると思う。
  2. 森先生には自分の中で結論が出てからお会いしたい。今の時点では中途半端だ。
  3. 今回のことは薬が原因だということは納得できた。薬の内容を知りたい。
  4. 森先生の診察には普段家族と行っていたが、前回強制的に連れて行かれた恐怖心が消えない。
  5. 娘が二人共来た時に仮面をかぶっていた。それ(皮膚)を自分の目の前ではいだ。それはありえないことだとわかっているが、どうしてもその映像が消えない。
  6. ホームのスタッフは親切なので、その点では安心している。でも色々な出来事が繰り返し目の前に現れる。夕べも皆が自分を部屋の外から監視していた。それに怖さを感じた。
  7. 間もなく全て氷解することだろう。そして終わってみれば多分何でもないことだ、と思えることだろう。



時間をかけて話しているうちに穏やかになった父に、今日は父の不安な気持ちを森先生に相談してくるつもりだが、タクシーで往復するので3千円ぐらいかかる、と言った。ただ父が一緒に行くならホームが車を出してくれるから、タクシーに乗らなくてすむのになあ、と言うと、しばらく考えたあと父は「行くことにした。」と言う。

父はタクシー代の3千円がもったいないのだ。それなら3千円を節約するために力を振り絞って行くしかないか、と決断するのはわかっていた。それを見越してタクシー代3千円の話をしたのだ。

さて、森先生の予約がすぐ取れるように連絡しますということだったのに、待てど暮らせど予約時刻の知らせがない。スタッフに聞くと今森先生からの電話待ち中です、ということ。12時だ。父がせっかく行く気になったのに、父も待ち疲れたと言い始める。

お腹がすいたので近所のコンビニに走った。おにぎりや最中を買って帰り暇なので食べる。あっという間になくなってまた暇を持て余す。長丁場になるとわかっていたら本を持って来るのに、と残念に思う。とにかくすることがない。

父の部屋を見渡して、自分がここに住むとしたら、と想像して楽しむことにした。父の部屋は8畳間ぐらいだろうか。ワードローブ棚が一つあるが、これは小さくてハンガーは5本もかけるといっぱいだろう。この棚には洋服5着かけられるとすると何を入れるか。セオリーのワンピースか、麻のパンツか。ふむ、例えば75歳でこういうホームに入るとすると、そもそもその年齢の時セオリーの洋服は着るのか。ハンガーにかけるような物は着ないのだろうか。想像ができない。多分折り畳んで着るようなセーターとスウェット地のパンツなのだろう。



まあ、それはその時考えることにして、家具はどうか。ベットはいかにも実用的なだけの味気ない物だ。これには赤系のキルトをかけると違うだろう。床は?床はコルクだ。ここには野菜の汁で染めたラグを敷くことにする。濃い色の籐の家具を置いてクッションを置くともう少し暖かみが出るだろう。その頃はホームでもWiFiは使えるのだろうか。

そういう想像をして時間を過ごした。疲れて来た。もう3時だが、こんな遅くなって予約が取れるのか。もう明日にしてもらいたい。どんどん身体がだるくなってきたので、もう一度コンビにに行って気分転換をすることにした。朝から炭水化物しか食べていないので、今度はサラダを買う。そしてお水とコーヒーを買う。

お腹はすいていないが他にすることもないので、サラダを食べようとドレッシングをかけた所で園長さんが入って来る。手違いがあって予約を取るのが遅くなったがすぐに連絡がつくと思います、もう少し待ってくださいということ。実は連絡は森先生の秘書のような役割を持つソーシャルワーカーにするべきだったのだ。それをホームのスタッフが忘れてしまって、普通に受付を通したらしい。それではらちがあかないのだ。

話しているうちに、予約が取れましたという連絡があった。すぐ父を準備させて車に乗り込む。今日は他に患者もいないので、森先生にはすぐ会えた。

森先生は父を見てすぐに今日は表情と反応性が違う、以前の快活な状態に戻っていますね、と父に話しかける。父も明るく、はいもう大丈夫です、と嬉しそうに応える。

前回はいつもと違う表情と反応だった。それは意識レベルの問題だ。前回は意識のレベルが下がり、外界の変容感が伴うせん妄状態だった。意識が濁った状態が続いていたが、今回はそれがない。

では、昨日の夕方から朝にかけての間の状態はせん妄だったのか。今回は意識の曇りがなかったのか。そのことは判断できないが、少なくとも今の状態は意識の曇りがない。まあオン/オフになる状態と言えよう。今はオフの状態ですね。

それではどうするか。まだ不安定な状態が残っていると考えて、幻覚を抑える薬を増やすことにしましょう。最初は一日2錠飲んでいたが、この前から1錠に減らした。それを増やして、もうしばらくスイッチが入りやすい状態が残っている間朝晩飲みましょう。その後すっかり大丈夫という状態になったら薬をやめましょう。飲んでいる間は歩きにくいとか失禁の問題が出るので、それは気をつけるということでいきましょう、という答えだった。

ホームに帰るともう5時だった。父はリビングルームで嬉しそうに見習いスタッフと話している。今日の夜はもう大丈夫だろうと判断して「帰るよ。」と声をかけると「はいはい、ありがとう。」といういつもの返事だ。

とりあえず今日は安眠できそうだ。