2018年2月16日金曜日

鯖寿司の伝説

姉がいつもぼやいていた。
  1. 姉は長女で親の期待が大きかったので、いつも勉強しろと言われた。対する次女の私は親から何も期待されていなかったから、のびのびと野原を駆け巡る幼少時が過ごせた。
  2. 姉はスポーツは勉強の妨げになるからダメと親から言われた。だから運動神経が全く発達しなかったせいで、子供時代に基本的な体づくりができなかった。なのに、私は毎日夜遅くまでバレーボールやサッカーなどをして楽しみ、筋肉がついた体になった(現在全て脂肪に変化済み)。
  3. 付き合う友人でさえ親が選んでいたのに、私には誰でもオッケーだった。
  4. 私にはどちらかと言えばかわいい名前をつけた親も、姉には男性と間違われるようなちとゴツい名前をつけた(両方とも珍しい名前)。
  5. そもそも小さい時近所の駄菓子屋さんで、姉はいつもはずれクジだったのに、私はことごとく当たりクジをひき、いつも景品をもらっていた。
などなど。1から3までは私も親の態度(特に父の)が違うのはわかっていたし、4に関しても姉がかわいそうと思っていた。

が、5に関しては私の責任ではないし、姉の考え過ぎだろう、と思うだけだった。

今朝姉から送られてきた写真を見るまでは。



それは京都出町柳の満寿形屋の鯖寿司ランチセット(1000円)の写真だ。


伝説の尻尾

2018年2月15日木曜日

ダイアリー by アイドル

この家に来た日は嬉しくて嬉しくておとーさんとおかーさんのあとをずっとついて回ったわ。毎日ご飯を探して裏通りをあちこちうろついていたのに、ここでは黙っていてもおいしいご飯が出てくるし、かわいいかわいいと猫っかわいがりしてもらえたのよね。思えばあの頃は幸せだったなあ。

ある日なんだかわからないけど、ミャアミャアとうるさい上、おとーさんにもおかーさんにも全然気を使わない生意気な奴がやって来たのよね。今までの私の特等席を奪ってしまった憎たらしいあいつ。あたしはこの椅子の下に来ては、いつかあいつにパンチをふるまってやろう、と密かに計画してる。



ところが最近また新たな災難がふりかかってきたんだわ。今度はまん丸い頭のちっこい奴が、どこからかポコッと出てきたの。一日中うるさくてたまんないし、あの爛々とした目がいつもあたしを追っかけているわけ。


その上まん丸頭は最近コロコロと転がってはあちこちに行けるようになったみたい。おとーさんなんかもう目尻を下げて、まん丸が転がって遊べるようにお布団を床のあちこちに敷いてる。

なのに私のあとに来た生意気なあいつは、事もあろうにそのお布団の下に入ってぬくぬくと寝ていたりするじゃないの。


あたしはそのお布団に触ってはいけないんだ、ってすぐわかったからちゃんと避けて歩いているのに。でもそういう気遣いも評価されているような気がしないのよね。あんまり。


まん丸頭はいつもハアハアと荒い口呼吸をしていて、すぐあたしの尻尾を引っ張ろうとするからハラハラして全くくつろげないんだわ、これが。



最近悟ったわ。

安心できる場所はここしかないって

2018年2月14日水曜日

恐怖ハイキング

久しぶりに自分が心臓発作を起こして死ぬかと思った。

11月に日本語クラスの代講をしたが、その日本語クラスを教えているK先生から誘われてSanta Teresa County Parkというトレイルを歩いた。

細い道をひたすら登る

K先生も私も初めて行くトレイル。携帯電話の電波もほとんど届かない場所で、二人とも自分がどこを歩いているのか定かではない。

景色は素晴らしかった

K先生はAllTrailsというアプリの地図を見ながら道案内をしてくれる。

これがAll Trailsアプリ

私も少しはお役に立たねば、と紙の地図を見るのだが全くわからない。自分がどこにいるのか見当もつかない。そうだった。私は『地図が読めない女』なのだった。

今日は冷たい風が強く、そのおかげでダウンタウンまできれいに見えた

トレイルにはかなりの傾斜の上り坂がありつらい。K先生は『脳のために息が切れるほどの運動を毎日した方がいいようですよ。』とおっしゃるが、息切れどころか脳の血管が切れそうだ。

このコースを歩きたかった


私よりも身長が15センチぐらい低く、体重も20キロぐらい軽そうだが、ずっと鍛えられて体力のあるK先生が私を心配して何度も立ち止まってくれる。どうにかこうにか下り坂になったが、そこで二人とも自分がどこにいるのか全くわからなくなった。とにかく車を停めたところまでは帰らないといけない。トレイルには人が全く歩いていない。ここで迷子になるわけにはいかないのだ。

人間は誰もいないがコヨーテが遠吠えをしていた

コヨーテアップ

K先生がAllTrailsアプリを見るがわからない。私も紙の地図を見る(ふりをする)がわからない。

そうだ、Apple Mapは車を停めた場所が示されるはず。これだ!とiPhoneを取り出した。

この時点で心臓発作を起こしました(ウソ)

2018年2月13日火曜日

捨活

親ができる最高の子供孝行は、自分が死んだあと子供が後片付けで苦労しないようにしてあげることだ、とアメリカでも言われるらしい。

だから、大々的に物を捨てることにした。いわゆる捨活?

洋服は半分にすることを目指す。キッチンのものは80%捨てる。雑貨は90%、家具は70%捨てる。

いや、捨てるのではなく寄付するのだ。アメリカでは街のあちこちで傷のない家具や洋服などを寄付することができる。だから日本で物を整理するよりはハードルが低いかもしれない。

雑貨やランプなどもったいないが目を瞑って捨てよう

ママ友を招待してお茶していた頃は茶托も使ったが、もういらない


コートやセーター類をまず5枚、あと40枚ぐらいは捨てたいが・・・

が、思い出の品などが出てくると、手を止めて眺めてしまうのでなかなか捨活がはかどらない。


このお皿は次男が8歳の時に作ったものだ。次男はヒロが8歳の時の手と自分の手の大きさを比べてみたいだろうか、と一瞬考える。が、写真を撮って捨てることにする。

こんな物まで出てきた。長男が母の日にくれたチョコレート。確か4年ほど前にもらったと思う。あまりに嬉しくて箱が捨てられなかったのだ。

箱の下にあるテーブルも寄付する

でも、捨てよう。

捨てる前にチョコレートが入ってないか確認しましたが?

2018年2月7日水曜日

女盛り

産後抜け毛がすさまじくそれが今の一番の悩み、とマリーが言う。

調べてみると妊娠中は女性ホルモンがじゃあじゃあ出るので、本来なら抜けるべき髪の毛が抜けないのだそうだ。そして産後3ヶ月ぐらいたった頃からその抜けずにいた髪が抜けるらしい。1年か1年半ぐらい経てば抜けなくなるということだ。

私は産後ではないが抜ける。シャンプーすると60本ぐらいは抜ける。もっとかもしれない。産後ではないから、1年たったらもっと髪の毛は薄くなっているのだろう。

つまり、マリーの髪の毛は女盛りだから抜けるのだが、私のは女としての盛りがとっくに過ぎたから抜けるのだ。

友人によるとヒロは金太郎というイメージだそうだ
正にぴったり!!

そんなことを考えながら数ヶ月放っておいた雑草を抜いていた。なにしろ今日はほとんど動いてない。夕方今日の歩数を見てやばい、と感じたが歩きに行くのは面倒だ。裏庭でお茶をにごすことにした。

やばいよね、やっぱりこれ


それにしてもすごい雑草。この前抜いたのはいつか思い出せない。

この地面のは全て雑草

これも全部雑草
Arbor(通称鳥居?)には鳥の巣ができていた。

この左端部分

巣からはちり紙も垂れている

ラベンダーなどなど全てが伸び放題、トリムしているうちに花粉のせいか鼻水がじゃあじゃあ出る。マリーの女性ホルモンがじゃあじゃあ出るのとは大違いだな、と思いながら、今度はオシッコに行きたくなった。

あっという間に暗くなった

家の中に入ってトイレに行くのが面倒だな、と思う性分だから歩数も3桁なのだろう。しかしもう我慢も限界に達してきた。

この植え込みをじっと見てしまった私は、女としての終末期に入っているのだろうか・・・

2018年2月5日月曜日

老後の拠点6 ファイナルアンサー 

結局老後住みたいのはどこなのか。

可能性としてはサンノゼ、サンフランシスコ、東京、京都の順で高そうだ。

姉のことは気になるが、今のところ京都に住む可能性は低い

比率で表すなら6:3:0.9:0.1の可能性といったところだろうか。友や家族のいるベイエリア、それもサンノゼが本命、そして東京がダークホース。

東京がダークホースである所以は電車でどこでも行けることだろう。そしてそこにはおいしい食べ物がある。

神楽坂に買った小さな(介護つき?)マンションから東西線に乗り大手町に行き、Dean & Delucaでぼんやりと外を見ながらカプチーノを飲む。

このザ・東京という景色が良い

丸の内仲通りを歩いたあと、有楽町駅から有楽町線に乗り市ヶ谷に行くか月島でもんじゃ焼きを食べてもいい。

オレンジ色の改札口も使いこなせるようになった

あるいはそのまま銀座に歩いて三越や伊東屋やをぶらぶらしたあと、浜離宮のベンチに座ってボーッと舟を見る。新橋からは銀座線に乗り日本橋のデパートでお弁当を買ったあと、東西線で神楽坂に帰り街をゆっくりと歩こう。くりこ庵のたい焼きを買って帰ってもいいかな。

庶民的な神楽坂が最近のお気に入り

とまあ、考えるのはどこで美味しいものを食べるかということばかり。やはり日本の老後の逆転勝利という可能性も高いかもしれない。

アメリカにいる間は日本のランチ定食のことばかりが頭に浮かぶ

しかし最終的に落ち着く場所はやはりベイエリアのどこかなのだろう。

先週のスーパームーンが美しかったサンフランシスコ湾

老後の拠点、それはやはり愛する人(あるいはペット?)がいるところなのかもしれない。

次男がヒロを抱っこする
マリーが爪を切る
私がヒロの手をにぎる
エンターテーメント by 長男
写真 by 夫
ビデオ by サキ
見守り(監視) by Nekos

2018年2月3日土曜日

老後の拠点5 東京-F眼科レポート

ちょっと古いが去年の夏の東京の話。

去年の夏、東京での一番の目的は六本木にあるF眼科に行くことだった。なにしろアメリカの眼科で『網膜剥離が起きたら云々』と脅されて以来、目のことが気になって仕方ない。が、いつも行くK病院で4人の眼科医に会ったがどの医者もイマイチ信頼することができなかった。

よし、それならば日本で行ってみよう、スーパードクターと言われるF眼科医。テレビや雑誌などでの知名度も高い。この有名なF眼科医の診察を受けてみよう、と思って4ヶ月前に予約したのだった。万が一日本にいる間に網膜剥離が起きたら、このF医師に手術してほしい。

8時半に予約はできたが、それでも診察は一日かかると思っておいてくださいね、と言われる。患者数は一日200から300人ぐらいらしい。日本全国からどころか、海外からの患者さんも多いとか。

待合室窓から正面に見えるミッドタウン
8時半の予約だが7時45分に到着したらすでに8人ぐらい待っていた。その人たちと話すと、どの人も他の大学病院で網膜剥離や白内障の手術を受けたものの、予後が悪くF眼科に連絡した。すると、すぐ手術をし直しましょうと言われ、九州や東北から来て近隣のホテルに滞在している、ということ。

8時20分ぐらいにガレージのドアが開き中に入るが、まずは検査室に行き10項目の検査をすることになる。

屈折検査
矯正視力検査
精密眼圧測定
細隙燈顕微鏡検査(前眼部及び後眼部)
角膜曲率半径計測
精密眼底検査(両側)
レーザー前房蛋白細胞数検査
光学的眼軸長測定
細隙灯顕微鏡検査(前眼部)後整体染色再検
涙駅分泌機能検査(シルメル法)

というリスト。この10項目の検査はいっぺんにあるわけではない。1つがすむと待つ。2つすんでまた待つ。と延々と待つことになる。その間鹿児島から来ているという70代と40代の母娘と仲良くなって、ノンストップでおしゃべりをする。

待合室は患者で溢れかえっている。診察室は3階。手術室は4階5階、などとエレベーターで移動するのだ。1階にはレストランもある。

ビルもレストランも瀟洒な印象
なんでもF眼科医の医食同源という主義からできたレストランだそうだ。検査が7、8 項目ぐらいすんだところで、F医師ではなくS医師の診察を受け瞳孔を広げることになる。私の目の状態は緊急性もないので、F医師ではなくS医師の診察になったのだろう。それはいい。いざとなったらF医師に会えるのだろうから。

検査がすむのは15時ぐらいになるので、一度レストランで昼食をすませてきてください、と言われる。

定食はどれも1000円
昼食のあといくつか検査をして、もう一度S医師の診察を受ける。

眼の中にコンタクトを入れて詳しく見たあとS医師が、私の視力は1.0と0.7なので網膜剥離の可能性がそんなに高いわけではない。網膜剥離はどちらかと言えば近視の人に起きやすい。白内障もそう進行しているわけでもない。ただ、剥離が起きた場合決して他の病院で手術しないでください、うちに来てください、と念を押される。とても穏やかで知的な印象のS医師に好感を持つ。

実はこの検査機器を見た時点でかなりびびっていた。なぜなら私は保険がない。一体いくら支払うことになるのだろう。10万円?20万円?最初にいくらか聞いておけば良かった。とそのことばかりが気になっていた。

アメリカの眼科では見たことのないような検査機器が並ぶ

なのに、初診料とドライアイの点眼薬込みで13000円ちょっとと言われた時はびっくりした。アメリカではありえない。

そもそも西洋医学よりも中医学とか漢方の方に興味がある。西洋医学は対症療法なのに比べて中医学や漢方は未病(病気の一歩手前、病気になる前の状態を表す中医学の言葉)を防ぐための医学だと信じている。

そのためには日本で老後を過ごす方がいいのかもしれない。いや、いい先生に出会うことができるのか、アメリカでも日本でもまずそれが一番大事なことではないか、と考える。東京だとそういう選択肢も多そうだ。

とりあえず眼科はこれからも日本で行くことにした。なにしろ日本の病院だと待ち時間もいろんな人と話しているうちにあっという間に過ぎる。

素敵な靴をはいていた女性に話しかけたらおしゃべりがはずんで、また1時間がすぐ過ぎた。自分の靴を脱いで私に履いてみていいよ、とまで言ってくれる美しい女性。東京にはフレンドリーな人が多いので、声をこちらからかければいくらでも話してくれる。

こうしてあちこちで見知らぬ人と話せるのは、アメリカで長く生活しているおかげで私自身もフレンドリーだから?お友達を作るのがうまいから?

それともこの距離感の作り方はもしかして・・・

おばさんの距離感?